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歴史講座うたおに創世記

●「うたおに」応援団

   「うたおに」応援団もすごかった。スナック「カシミア」のママは実は津に来るまでは

 FM東京の音楽プロデューサー。そこに出入りする面々が、ほんまにおもろい人達で、

 スナック「なぎさ」の”お母さん”。炉辺焼き「海賊」のヤーさんのような大将。東海ラジオ、

 津放送のえらいさん。有名なところではハムさんこと作曲家の服部公一氏。そしてマロ

 さんこと川喜田さん。

  何を応援してくれたのかは今でもよく分からないけれど、皆さん本当にお世話になりま

 した。


●第1回うたおに音楽会 「顔見世興行」

  ともかく、スナック「カシミア」は我々の溜まり場と化し、上記の”懲りない面々”と訳の

 わからん話に花が咲き、たまに夜を徹してうたおに講義をし、たまではないけれど、

 やはり夜を徹してマージャンをし、そうこうしているうちに、第1回音楽会の準備が、

 何故か不思議にも整いました。

  大門周辺の飲み屋にはそれに全く似つかわしくないポスターがベタベタ張られ、

 一種異様な空気が漂っていたことを覚えております。

  
  「おい、祝い酒持って店じゅうで駆けつけたるでな!!」

  「あ、はっ、はい、ありがとうございます」(ええんかいな、ほかの客帰ってかへん

 かいなー)

  「顔見世興行って、あんたら歌舞伎やるの!えっ、違うて?ほんなら何するの?」

 「合唱です」「合掌って何おがむんかいな?」(これは作り話)「合唱?歌うのかいな。

 訳のわからんのやろなー。まあええわ、教養つけて男はんに威張ったろ(多少作り

 話)」−上記登場人物の暖かい励ましー


  団員も30人代となり、しかし、声量は50人前という大よぼり合唱団の第1回音楽会

 が、副題も「顔見世興行」と銘打って、いよいよ開催のはこびとなりました。


  さて内容はと言っても、これはもう今の「うたおに」では考えられない程度でしたが、

 ただ、私たちは精一杯でかい声をはりあげ、客そっちのけで舞台を楽しみ、実に

 愉快な音楽会でした。


  特に印象に残っていることといえば、例の応援団がちゃんと来てくれて演奏が終了

 するやいなや、舞台に一升瓶は並ぶわ、握手攻めにあうわ、何故か野菜をプレゼント

 してくれるわで、もう大変な騒ぎだったことを覚えています。


1988年5月30日発行  「おにっ子通信第15号」(当時の団報)より抜粋



第1回うたおに音楽会 「顔見世興行」

場所  三重県文化会館


おにの子のうた(大中 恩)

青猪の歌(田中利光)

日本の四季のうた

筑後川(團 伊玖磨)


■関連情報■
うたおに音楽会の記録

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