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| ここに掲載しましたのは、第34回うたおに音楽会で 柴田南雄作曲 「歌垣」を演奏した際に スライドとして使用したものです。 曲の前半部分に用いられた日本書記などの 古文を現代語にしたものです。 なお、実際の演奏時には、これをさらに省略した テキストを用いました。 また、「歌垣」の後半部分については、解説していません。 |
歌 垣 第一章 「常陸国風土記」より
(土地の老人) 昔、われわれの祖先の神が、あちらこちらを巡られた。 日暮れになったとき、駿河の国にある富士の岳に着いたので 山の神に一夜の宿を頼んだ。 ところが富士の神は、こう答えた (富士山の女神) 今夜はちょうど新嘗祭をしていて、 家中が物忌みの最中です。 今日のところは、お許しください (土地の老人) そこで、祖先の神は恨んで泣き、富士の神を呪ってこう言った。 (祖先の神) お前は親であるこのわしをどうして泊めてくれないのだ。 そういうことなら、お前が住む山を 生涯(いき)の極(きわみ)にしてやる。 冬も夏も雪や霜が降り、 厳しい寒さが襲い、 人々も登らず、 お供え物も無くなると思え。 (土地の老人) 祖先の神は、今度は筑波の山に登り、 再び宿を頼んだ。 筑波の山の神はこう答えた。 (筑波の女神) 実は今夜は新嘗祭をしていますが、 どんなに無理をしても せっかくの仰せに従わぬことは ございますまい (土地の老人) 筑波の神は酒や魚を取り揃え 丁寧に祖先の神をもてなした 祖先の神は喜び、筑波の神を寿いで言った (祖先の神) いとしいわが子よ 高くそびえるこの山の神殿よ 天地と等しく、日や月とともに 人々はいつまでもこの山に集まり 山の神をたたえ、お供え物も絶えることなく 日一日といよいよ栄えて この山遊びの行事はいつまでも続くであろう 第二章 a ホザシ b うるはしと 愛しいままに寝さえしたならば。 ばらばらに乱れ離れても構わないよ 寝さえしたらならば 軽の乙女よ こっそり寄って 私と寝ていきなさい 軽の乙女たちよ c むかつをに 向こうの尾根に立っている、柔らかい手でこそ 私の手をとってくれるはず ひび割れのした、ひどい手が この手をとるなんて、誰でしょう。嫌ですわ d もの思はず 物思いせずに道を歩いて、草木の繁った山を仰いで見ると、 そこに咲いているツツジのようにきれいな君、 桜のように美しい盛りの君。 (花たちは)君が私に心を寄せているって言っているようです。 私も君に心を寄せているっていっているようです。 君はどう思う? 思えば切り髪(かみ)だった小さな頃から 橘(たちばな)のほつ枝(え)に届くように大きくなるまで 八年も、この川のように 心に長く君の心が私の方に寄せるのを待っているんです。 e つくはねの (女声) 筑波嶺の 新桑繭の 衣はそれなりに良いけれど あなたのお召し物が むしょうに着たい (男声) 筑波嶺に 雪が降ったのかな 違うかな 愛しいあの子が 布を干したのかな |